政治のスキャンダルが、後を断ちません。汚職や収賄から始まって、不適切発言、身内のスキャンダル、SNSでのノーテンキな発信まで、何故後をたたないのでしょう。
少なくとも日本はある程度民主主義が機能している国なのに、政治は同じ過ちを繰り返します。最後は投票する国民の責任、投票しない国民の責任ということなのでしょう。
しかし、一般社会での経験のない元アイドルや、スーパーエリートで庶民の感覚のない財務省OB、落ち目の芸能人などを被選挙人に立てる政党にも問題があるのではないかと思います。
なり手がいない政治家
政治の世界は相変わらず年寄りが力を持っています。どんなに優秀な人材でも、政治家としては1年目から政治家活動を始めなければなりません。つまり、優秀な人材で一般社会で大きな功績を残した人が、”雑巾がけ”から始めなければならないのです。政党に属して”雑巾がけ”から始めなければ、全く力を持てず、やりたいことは何もできません。そんな事を考えると、一般社会で成功できる人たちが、政治をやる動機づけが極めて難しいと思います。
事業で成功できれば、すぐに組織のトップに立てます。金銭的にも政治家よりも自由が効き、無能な年寄の言うことを聞く必要もありません。
しかも年寄りの政治家の多くは、経験だけが積み上がって、頭脳明晰なわけではありません。そんな人達の民主主義は極めて効率が悪く、正解にたどり着けません。
こうなった時に、頭脳明晰で正解にすぐたどり着ける人たちは、正解を実現できる距離感に絶望感を覚えるでしょう。今の国会議員を見ていると、10年ぐらいの経験はまだひよっ子で、派閥の領収はどんどん高齢化し、その政治家としての寿命は伸びています。一般社会で成功を収めることができる優秀な人達が、我慢できる状況ではありません。
では、どんな人が政治家になるのか?
知名度があって一斉を風靡したが、既に旬が過ぎて稼げなくなった人たちだと思います。年寄りの縦社会で我慢できるのは、一般社会では稼げない人たちでしょう。
何故優秀な人を探さないのか
ここからは個人的な穿った見方です。決して証拠が有って言っているわけではなく、憶測です。
派閥の領収や等の実力者は、優秀な政治家を育てたくないと思うのです。下手に優秀で正義感の高い政治家を候補に立てれば、当選後に爆弾になってしまいます。現状の矛盾や予定調和の中で上手くやっている部分を、真っ白な正義感で荒らされることが怖いのではないでしょうか?圧倒的に人気があり、圧倒的に優秀な人材が当選した場合、現在の体制をぶち壊す勢いで情報開示されてしまえば、国家の危機になってしまうかもしれません。
清濁併せ呑むとか、長いものに巻かれるとか、そういった事を受け入れられない人材を立候補させる訳にはいかないでしょう。汚いものを横目で見ながら、無視できる図太さがなければ、混乱を巻き起こすだけです。
そういった意味では官僚のOBは、頭脳も優秀に見えて、汚いものをずっと見て来ているので、爆弾にはなりません。自らの官僚としてのキャリアを否定することにもつながる政治批判を、するはずがありません。しかも財務官僚は一般社会ではビジネスを成功させる商才があるわけではなく、そのまま官僚を続けるか、政治家に転身するのかというのは、間違いのない選択だと思います。
政治家とマスメディアを信頼してはいけない
一般社会の人たちは、政治家とマスメディアを信頼しすぎです。政治家が不適切な行動をした時に、裏切られたようなコメントが多く寄せられますが、それは必然の出来事だと思います。今の日本で本当に正義感が強く、単なる学歴エリートではない優秀な人材は、政治家にはならないと思います。また、政治家側も、本当に優秀で正義感の強い人を体制の中に入れたくないのではないでしょうか。そういった構造をもっと国民が理解して、政治家を監視するようにならなければ、能力のない政治家が国の舵取りの一端を担う現状を変えることはできないのです。
もっと政治家の活動を透明化し、監視することをマスメディアは目指すべきなのに、視聴率を取るための本質から外れた報道をしてばかりいるのではと思ってしまいます。
政治家は優秀で正義感が強い人がなるというイメージは、捨てなければなりません。本当に優秀な人はビジネスを興します。本当に正義感が強い人は、現体制の淀んだ部分で溺れてしまいます。いつまでも政治家のスキャンダルや不祥事が続くのは、政治家を信頼しすぎるからです。政治家になるような人は立派な人だと勘違いしてはいけません。ちょっと言い過ぎかもしれませんが、少し目を離したら悪い方に流れてしまいがちなのが、大部分の人たちです。政治家になる前は正義感にあふれていても、政治家の中に入って染まってしまえば、たいての人の正義感に歪みが出てくるのは当たり前の話でしょう。
あまりに絶望的な考え方ですが、大きな組織に入ってしまうと、個人では抵抗できない事が多くなります。
組織を変えるためには上に行かねばならず、上に行くためには清濁併せ呑まなければならないという考え方がありますが。上に行った時に、組織を変えることができる人を見たことがありません。自らのキャリアを否定することになりますから・・・